ゴッホの弟テオとはどんな人物??兄弟の墓はどこ??

現在、日本では印象派の画家の中で1、2位を争う人気となっているゴッホ。

しかし、ゴッホが当時まったく売れず評価されていなかったことでも有名です。ゴッホは若い頃に少しだけ仕事をしていただけで基本的には絵を描く日々。

そんなゴッホを支えていたのがゴッホの弟テオ!!

弟テオとは一体どんな人物なのでしょうか???

ゴッホの弟・テオはどんな人物だったのか?画商としてはかなり優秀だった??

フィンセント・ファン・ゴッホの弟テオドルス・ファン・ゴッホ(※通称テオ)とはどんな人物だったのでしょうか?

弟テオは兄フィンセント・ファン・ゴッホよりも4つ歳下です。

ゴッホの兄弟は長男フィンセント・ファン・ゴッホ、長女アンナ、次男テオドルス(※通称テオ)、次女エリーザべト、三女ヴィレミーナ(※通称ヴィル)、三男コルネリス(※通称コル)の6人兄弟。

弟テオは伯父フィンセントがグーピル商会の役員を務めていたのでその仕事に参加し1875年から勤務しています。

弟テオはグービル商会の画商としてはとても優秀だったと言われています。それを示すかのように弟テオはパリのモンマルトン大通り店を任されていました。

弟テオは兄ゴッホ以外にもロートレック、ポール・ゴーギャンなどの才能に着目していたことでも知られています。

※当時、弟テオがゴーギャンに南フランス・アルルへ行くことを勧めています。

弟テオの画商としての先見の明は確かでどの人物に後に誰もが知る画家となっています。

ゴッホが弟テオに贈った「花咲くアーモンドの木の枝」とは?奥さんのヨハンナとは??

弟テオは1889年の31歳のときに友人のアンドリース・ボンゲルの妹ヨハンナ・ボンゲル(※通称ヨー)と結婚

1890年1月には弟テオと妻ヨハンナの間に子供が誕生しており兄ゴッホと同じ名前である“フィンセント”と名付けています。

弟テオに息子が生まれると当時、兄ゴッホは南フランスの精神病院に入院していました。

兄ゴッホは弟テオに子供が無事生まれたお祝いに『花咲くアーモンドの木の枝』と名付けれた作品を描いて送っています。

弟テオの子供が無事に生まれた嬉しさとは逆に兄ゴッホは、弟テオが家族を養うために自分への生活支援を止めてしまうのではないか?という不安もあったようです。

※アーモンドの花言葉には「希望」「真心の愛」「永遠の優しさ」などがあるようですがアーモンドの実には「軽率」「無分別」「愚かさ」などがあるようです。

ゴッホの弟テオはなぜ兄を支えたのか??手紙に記した苦悩とは?

弟テオが兄ゴッホの最大の理解者であり支援者であったことは有名です。

兄ゴッホは1886年にパリで働く弟テオを頼ってアパートで一緒に住み始めています。

しかし、この頃は兄ゴッホの情緒不安定さに弟テオは悩まされていたことと、口論が絶えなかったようで弟テオは妹ヴィルに…

「フィンセント(兄ゴッホ)のことを友人と考えていたこともあったが、それは過去の話だ。彼には出ていってもらいたい。」

と愚痴を漏らしているようです。

実は兄ゴッホが弟テオとパリで暮らしていた日々はあまり分かっていないようです。理由としてはゴッホと言う人物を知るうえでゴッホが弟テオや友人であり画家のベルナールに手紙を多数送っており、そこからゴッホという人物が検証されているからです。

弟テオは兄ゴッホとの暮らしの中でゴッホという人物について妹への手紙で綴っています。

「彼の中にはまるで2人の人間がいるかのようだ。一人はは才能に溢れていてとても優しく繊細な心を持っている、しかし、もう一人は自己中心的で頑固。」

弟テオにはゴッホという人物を支えたい反面、ゴッホという人物の難しさも語っています。

それでも兄ゴッホを支援し続けたのは弟テオには画家ゴッホの才能を確かに見出していたからなのでしょう。

皮肉にも兄ゴッホとの生活に苦悩していた弟テオですが、兄ゴッホは1888年2月20日に南フランス・アルルに移ってしまうことで解放されています。

しかし、弟テオにはその事実が寂しかったことを妹への手紙に綴っています。

「このアパートに一人になった今、空虚さが身に染みる。誰か相棒を見つけて一緒に住んでみようとも思うのだが、ヴィンセントのような人間の代わりはなかなか見つかるものではない。」

ゴッホと弟テオの兄弟の墓地はフランスのどこにある??

その後弟テオは結婚し子供を授かることになりますが、兄ゴッホが1890年7月29日に亡くなってしまったことで、もともと体の弱かったためなのか兄ゴッホの死からのショックなのか、弟テオが1890年9月12日頃に体調不良となっています。

その後、弟テオは梅毒の最終段階である麻痺性痴呆と診断されている。1890年11月18日にユトレヒトの診療所で療養しましたが1891年1月25日に33歳の若さで亡くなっています。

弟テオの遺骨は1914年に妻のヨハンナが、フランス・オーヴェール=シュル=オワーズにある兄ゴッホの墓の隣に埋葬し眠っています。

テオドルス・ファン・ゴッホ

  • 生年月日:1857年5月1日-1891年1月25日(33歳)

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